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・・続き4

祖母に引き取られた5歳の長男
 ここで、ナディアと彼女のふたりの子どもたち、トミーとブラッドリーの児童保護局関与のいきさつについて話しておきたい。  

 事の発端はひとつの児童放置の通報だった。ちょうど1年前の2007年6月、ナディアの長男のトミーはシアトルの東のデュバル市にある、小さなスターバックスで母親に置き去りにされた。店の外に一人で立っているトミーを店員が見つけて、警察に通報。デュバル警察署のドジャー警部はスターバックスに着くと、トミーから事情を聴取しようとした。トミーの色白の頬に赤い血のにじんだような大きな痣がふたつある。両目のちょうど2センチぐらい下のところにある火傷のようにも見えるその痣を警部はまじまじと見た。「その痣、どこでどうやってできたか,覚えているかい?」突然そんなことを見知らぬ警部に尋ねられた小さなトミーは黙りこくってしまった。

 ドジャー警部は児童保護局に“児童置き去り”の一件を通告した。母親がトミーをスターバックスに置いて姿を消してから3時間あまりが経過していた。「お母さんはどこかに行くって言ってたかい?」トミーは金髪の頭を横に振った。まだ、口をきこうとしない。ドジャー警部はトミーをいったん警察署まで連れて行った。1時間もしないうちに緊急レスポンスのソーシャルワーカーが警察署に到着し、トミーの身柄を引き取った。若い女性のソーシャルワーカーはトミーの手をにぎって自分の車まで足早にふたりで歩いた。車の中にあったおもちゃにトミーは思わず気を奪われたのか、子どもらしい笑顔を見せた。「それで、遊んでもいいのよ。」とソーシャルワーカーは言った。この5歳の少年は母親がどこに行ったのかも訊かない。

 児童保護局についたソーシャルワーカーはトミーを自分の部屋に座らせたまま、コンピューターのデータをしらべた。この3ヶ月の間に5件、母親ナディアに関する虐待通報が届いている。母親がトミーを祖母の家に連れて行き「私は子育て休暇が必要だから3週間トミーをあずかってくれないと、この子を傷つけそうだ」という母親の言動に関する通報が一件。道端で母親がトミーの服と靴を無理やり脱がせて地面に体ごと押し付けているのを目撃した隣人からの通報もあった。データの中に、トミーの祖母の連絡先を見つけ、ソーシャルワーカーはすかさず連絡を入れた。会計士事務所につとめる祖母は、仕事を引き上げて児童保護局に駆けつけた。「おばあちゃん。おばあちゃん。」そう叫び、祖母に抱きつくトミー。トミーは1歳から4歳までの3年間、祖母に育てられたおばあちゃん子だった。

 祖母はトミーの頬の赤い痣に気づき「どうしたのその顔?」と訊いた。トミーは大きな青い目を見ひらいて言った。「グランマ(おばあちゃん)。この痣どうやってできたか、そんなこと、あんまりおっかなくて、言えないよ。」ソーシャルワーカーは、トミーの顔の写真を何枚か撮り、祖母の犯罪歴や虐待通知歴が無いことをすばやくコンピューターで確認し、トミーと祖母と3人で祖母の家まで出向いた。祖母の家には彼女のほかに誰も住んでいないこと、そして家屋が安全かどうかを手早く確認して、トミーの祖母への一時的な措置を決めた。

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