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・・続き2

1年間に12人の子どものパーマネンシー
6月5日
 私はカシノ通りからほど近くに住むアリスに会いに行った。親権を放棄する裁判から、一ヶ月がたとうとしている。子どもたちが学校に行った後の早朝の家の中はアリスひとりきりで、がらんとしている。リビングの丸い低いテーブルの真ん中に、15センチ四方ぐらいの写真額が立っている。それはアリスの子どもたち5人がそろって写っているポートレート写真だった。妊娠しておなかの大きいアリスがソファーに座ってそれを見ている。 
 私は彼女の隣に座った。「子どもたち、どうしてる?」3人の子どもたちの親権を放棄した母親は寂しそうな、ふるえる声で、そうたずねた。「サマンサもジャックもアンソニーもみんな元気にしてるよ。」と私は答えた。アリスは写真を見たまま、何も言わない。
子どもたちを失った肉親、そして、その子どもたちをいま育てている血のつながっていない里親たち。そのふたつの分岐した世界を同時に体験するのは、ソーシャルワーカーという特別な役割の人間だけだということを、私はふと考えた。

 私はその日、アリスの長女のマディソン(12歳)と次女のタミー(9歳)の衣料代を児童保護局から調達してきた。私が150ドルのデパートの衣料引換券をテーブルに置くと、アリスはぼんやりとそれに目を落とした。夫がガソリンスタンドで夜勤の仕事をしているとはいえ収入は低く、アリスの家族には子どもたちの夏服を買うお金が無い。あと4ヶ月で赤ちゃんの生まれるこの家庭の家計は火の車に違いなかった。

 アリスはときどき、私を警戒し怯えるような態度を取った。それは、これから生まれてくるアリスの新生児も、われわれ児童保護局が取り上げてしまうのではないかという恐怖心によるものだ、ということを、私は無言のうちに感じとっていた。3人の年少の子どもたちの養子縁組の段取りを整えた今、私の役目はマディソンとタミーと赤ちゃんの安全を見とどけることだけだった。

 「赤ちゃんが生まれて、あなたと夫のマークがふたりして、赤ちゃんをちゃんと育てているっていうことがわかったら、ケースワークを終了し法廷関与をうち切る計画だから。」と、アリスたちに、私は何度か話した。彼らを安心させるためだった。
「赤ちゃんの部屋を見てもいい?」私がそうたずねると、アリスの表情は急に明るくなった。彼女は立ち上がって私を赤ちゃんの部屋に案内した。小さな子ども部屋にベビーベッドや赤ちゃん用のブランケットが置かれてあり、この家族が赤ちゃんの到着を心待ちにしている様子がそこにあった。
 
 6月に入ると、1年のちょうど半ばということで、ソーシャルワーカーの実績の中間報告がある。ソーシャルワーカーひとりについて1年間に12人の子どものパーマンシーを確立するのが目標になっている。6月の時点で私は自分のケースのうち八人の子どもたちのパーマネンシーを獲得した。2人の子どもたちが親元にもどり、残りの6人が養子縁組されることになっていたからだ。

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