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・・続き3

母親を苦しめる過去に受けた性虐待
6月11日
 児童保護局のソーシャルワーカーたちの努力を叱咤激励するための小さな“パーマネンシー・ランチ”が予定されていた。エヴェレットの繁華街のレストランに向かおうと同僚たちと車に乗り込んだとき、私の携帯電話がなった。電話はペアレント・トレーナーのマーシーからだった。彼女は私のクライアントのナディアという29歳の母親のペアレンティングの自宅指導をこの数週間続けていた。ナディアには生後3ヶ月のブラッドリーという男の子がいる。「ナディアが今日、アパートからブラッドリーをつれて出るところを見たんです。一心不乱な様子で、赤ちゃんをチャイルドシートに乗せたあと、ベルトを閉め忘れたまま一目散に駐車場から車を出そうとしたのを目撃して、私はあわてて止めました。」と、マーシーは言った。

 ナディアは8歳から13歳の間に自分の母の恋人だった男から繰り返し強姦された。ナディアの母は強姦の事実を知ると、直ちに警察に報告した。その男はこの性暴力の罪で8年間の禁固刑を受けた。過去に受けた性虐待が原因なのだろう。ナディアはPTSDなどの精神障害にさいなまれるようになった。ナディアにはブラッドリーのほかに5歳のトミーという男の子がいる。トミーはナディアによる深刻なネグレクトがもとで一年前、祖母のもとに措置されていた。

 今年の3月ブラッドリーが生まれたとき、法廷は新生児を母親から分離せずに、母子の安全を児童保護局が見守る”家族維持”(ファミリーメインテナンス)の方法を取り決めた。私はペアレント・トレーナーや看護士を頻繁にナディアのアパートに送ることで安全対策をはかったが、その支援はままならず、母親の精神状態は急激に悪化していった。幻聴や幻覚が現れ始めた。チャイルドシートのベルトを締め忘れる、という不注意のほかにも、ナディアは赤ちゃんをベビーカーに乗せて炎天下を3時間も歩き続ける、などという行動をいくつかとっており、私は、たったひとりで乳児を育てているナディアのことで心配がつのる日々を送っていた。

 私とスーパーヴァイザーのアレックスは、ナディアの最近の行動は生後3ヶ月のブラッドリーへの危険を日々刻々つのらせていくだろう、と判断した。私は親子の一時分離を要求する法廷への請願書をさっそくつくった。里親への措置を専門に勤めるプレースメント・デスクのソーシャルワーカーに頼んで、ブラッドリーが親子分離したときのための里親探しを始めてもらった。午後4時を回ったところで請願書を持って裁判所に駆けつけた。判事は5時には裁判所を出てしまう。判事が請願書を読んでいるあいだ、私は裁判所の長い廊下のソファーで待った。5時を目前にして親子分離承諾書がサインされた。

 私はオフィスにもどって夜間勤務のソーシャルワーカーに電話を入れた。「母親と赤ちゃんは夜の8時には家にはいるはずだから、その頃をみはからって、母親のアパートに警察と一緒に出頭してください。里親が見つかりしだいまたすぐ連絡します。」そう頼み、親子分離承諾書を夜勤のソーシャルワーカーにファックス送信した。私はプレースメント・デスクに行って、里親探しの手助けをした。

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