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引土 絵未(ひきつち えみ)

1976年広島生まれ。
広島県立女子大学(現広島県立大学)卒業後、精神科ソーシャルワーカーとして主にアディクションからの回復支援に携わる。在職中にアメリカの治療共同体に感銘を受け、大学院で治療共同体について学ぶことを決意し、5年半勤務した精神科病院を退職。その後、首都大学東京大学院社会科学研究科社会福祉学専攻博士前期課程修了し、現在、同志社大学社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程にて、アメリカの治療共同体の日本での実現に向けて、現地での研修を重ね勉強中。
 修士論文『「当事者」「援助者」を越えて−治療共同体AMITYにみる援助方法の一考察−』。

 
・・続き2

 そんな日々を数日過ごし、私は自問自答した。その時書いたノートの一部を紹介する。

新しい環境に挑戦するときには、いつも恐れに支配される。
みんな私を受け入れてくれないんじゃないか…。
それは期待の裏返しだ。誰もが苦しさ、辛さ、問題を抱えているのに、自分には優しくしてほしいなんて傲慢だ。愛とは与えられるもので、求めるものじゃない。 今の自分の精一杯の正直さと信頼で明日も笑顔でいよう。 今の私には、与えられる言葉もないから、せめて笑顔でいてほんの少しでも楽しくなるように。
明日は少しでも心が開けますように。
気持ちが伝えられますように。
自分と相手を信頼できますように。


私は自分自身に祈り、誓った。そして私は与えられたスケジュールをこなしてゲストとして時間を過ごすだけでなく、スチューデントと同じように仕事をしたいとスタッフに申し出た。

共同体の中での役割

スチューデント達は、共同体を運営・維持していくためにそれぞれに役割や仕事をもっている。
例えば、食事の準備やテーブルへお皿を運ぶ「キッチン」、
食事の片付けや食堂の掃除をする「ホール」、
広大な敷地内の草木の手入れをする「ランドスケープ」、
建物の手入れや修理をする「メンテナンス」、
事務所の電話番をする「コミュニケーション」、
夜の見回りをする「見まわり」


という日常生活上の必要な仕事をそれぞれが分担している。

 このような日常生活上の必要だけでなく、より治療的な部分としては、スチューデントの所在を1時間毎に確認し、スチューデントのお手本役として積極的に仕事や役割を果たし、他のスチューデントを助ける「モチベーター」、スチューデントの仕事の配属や部屋割りを決め、一日のスケジュールを管理する「コーディネーター」などがある。

これらの仕事は、入所期間や回復の度合いによって決められており、仕事の責任の大きさも徐々に増えていくようになっている。

 私が最初に与えられた仕事は、他の入所したてのスチューデント達と同じように、「キッチン」の仕事だった。食事の準備を手伝い、時間になるとそれぞれに食堂に集まってくるスチューデント達に食事を運んだ。それだけの仕事でも、準備の間何を指示されているのか、スチューデント達がそれぞれに好みをリクエストしてきても何を要望されているのか、分からず戸惑うことばかりだった。

 心の中は不安でいっぱいだったが、自分にできることは笑顔でいることくらいだと、笑顔で接することを心がけた。キッチンの仕事を始めて数日経つと、食事を配るときに「今日の食事は笑顔付きね!」とスチューデントが声をかけてくれるようになり、キッチンのスタッフが病欠で人手不足の時には手伝いを頼まれるようになった。
 

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