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第六回目のテーマは「生きていくための術」
教育ジャーナリストの青木 悦さんとの対話。
   
・・続き3(第二回)
青 木: 頻繁に確認されるのはイヤですね。ただ、そのときにも私は田舎には帰っていました。ちょうどその後に両親が相次いで大病したので。母が、がんから始まって心筋梗塞にもなって、さらには、父が東京に出てきていて脳梗塞になって、私が病人の父を連れて帰るという、もう、四の五の言っていられない家庭の状況が2年間ぐらい続きました。それで、そのとき私は大学に休学届けを出しました。だから私は、大学を6年ぐらい休学しました。
箱 崎 : 大変でしたね。
青 木: 大変でした。
箱 崎: そのとき青木さんはまだ20代ですよね。
青 木: そうです。20代の初めですね。18歳で東京に来て、そのまま悩み込んでいって、20歳ぐらいからは親の看病が始まって、ゴタゴタゴタゴタして、その間に両親の病気が良くなって東京に出てきたので、私は大学に籍だけを置きながら行かないで、アルバイトをしたりしていました。仕事は、法律事務所で働いたりしながら。当時はまだパソコンがない時代でしたから、和文タイプを身につけた方が生きていくのに役に立つというので、和文タイプの学校に通って、そこに通うための資金を本屋さんの店員のアルバイトをしたりして稼いでいました。

とにかく手に職をつけるというのに、その頃は異様なほど一生懸命でしたね。大学を出たからって食べていけるとは限らない、特に女の子っていうのは就職先もすごく限られていましたからね。でも実家には絶対帰りたくない、親からはお金をもらたくないと思っていて、まずはどうやって稼いでいくか考えて、28歳のときに『中学生ウイークリー』という新聞社に入りました。
箱 崎: 大学は卒業されたのですか?
青 木: 大学卒業が、その年なんです。
卒論だけ出せば卒業っていう段階で、もう5、6年経っていますので。それで親切にも大学から、「卒論だけだからもったいないから出たほうがいいですよ」って言われて、それもそうかなと思って、やっつけの卒論を書いて卒業して、それで新聞記者になりました。
純文学の作家志望から、新聞記者に
箱 崎: 新聞記者には、随分前からなりたいと思っていたのですか?
青 木: はい、やっぱり書くとこで働きたいと思っていたんですよ。本当はね、誰にも言えないみっともない話だけど、私、作家になりたかったの。でね、小説、それもいわゆる純文学っていうんですか、今はそんな言い方しないですけれど。そういう、19歳のとき悩んだようなことを、人はなぜ生きるかとか、そういうことを書く作家になりたいと思っていて・・・。でも、母の看病とか、アルバイトとかいっぱいしているうちに、世の中甘くないなということがものすごく分かってきました(笑)。

そうすると、まず食べるためには、雑誌記者か新聞記者になるしかなくて。そうしたら、大学の先生が大変有名な出版社とか、就職先を紹介してくれたんですよ。「コネで、絶対一人枠があって入れるから受けろ」と言ってくれる先生がいたりして、ありがたかったんですけれど、私、人のコネで就職するのが絶対にイヤだったの。それが、やっぱり生い立ちと絡んでいて、自由じゃなくなるんですよ、断れないでしょう、紹介してくれた人のためにね。どうせけんかっ早いに決まっているんだから、私が上司とケンカしたときに、その人のコネだから会社を辞められないとなるのがイヤだった。とにかくあの頃は、一人で自由に生きていくということに異様なまでにこだわっていたんですよ。

でも、親戚でもそういうことを紹介してくれる人がいたので、私のそういう事情を全然知らない親から、「そんないい就職口があるなら、格好つけてないでそこへ行けばいい」とか言われて。断ると、「そんないい話を断るなんて」って言われて。でも、自分の考えは言えなくてね。特に父は「そんないい仕事を断るなんて、お前はわがままだ」なんて言ったときには、「あんたに言われたくなくわ」って言い返して(笑)。だから、アルバイト先も就職先も新聞の求人広告で選びました。
箱 崎: 就職した新聞社も新聞の求人広告で見つけたのですか?
青 木: そうです。だから、法律事務所で事務員のアルバイトしているときに、私に就職先を紹介してくれた人が「どうしてこっちの出版社へ行かないんだ」と言ってくれるんですよね。私はすごく好きで苦にならなかったんだけど、「タイプをガチャガチャ打っているより出版社の方が世間的にも格好いいし、給料もいいし」って言われて。私は「いいんです」って言って断って。でも結局、新聞記者になって・・・。だから、“土佐のいごっそう”ってよく言われましたね。
箱 崎: いごっそう?
青 木: 方言で“いごっそう”って言うんですよ。肥後もっこすと同じように、ものすごく頑固で人の言うこと聞かないで、世間と反対のことを言っちゃう頑固者という意味です。「あんたは、やっぱりいごっそうなんだ」って言われるんですけれど、私をいごっそうにしたのは誰なんだろうっていうのは常に心の中で渦巻いていましたね。

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