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          | 箱 崎 : | 
          この間の青木さんの講演でもちょっとそういうお話があったかなと思う、「許さなきゃいけない」ということについて伺いたいです。許すということで、親に対しての気持ちを帳消しにするみたいなことは、私自身はちょっと無理があるなって思ったんですよね。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          そういうプレッシャーってありますよね。 | 
        
         
          | 箱 崎 : | 
          ええ、ありますよね。青木さんも周りからも言われますか? | 
        
         
          | 青 木: | 
          言われますよ。 | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          私も言われるんですよ、おばにも「お父さんを許してあげなさい」みたいに。そう言われれば言われるほど・・・。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          だって、「許してください」って言うのは父の方であって。 | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          そうですよね。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          でしょう? | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          そうです。逆ですよね。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          だから、加害者、被害者、間違ってませんかって言いたいですね。「親子だから」、「お父さんだから許せ」っていうのは全然納得いかないし。 | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          そうですよね。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          父が謝ってきたら、もしかして、和解はあったかもしれないですよ。それから、母が「本当に悪いことしたね」って言ってくれていたら、あったかもしれないですね。でも、私の場合はなかったですから、私の方から関係を修復するっていう種類のことじゃないんですよ。 | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          はい、そうですよね。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          うん。 | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          そのことに執着する方も多くて、親に謝ってほしいっていう思いを持つ方が多いです。70代、80代の高齢の親で、子ども自身も40代、50代であって親に謝ってほしいという思いがあります。でもそれがなかなか叶えられないっていう。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          いや、私もありましたよ、それは。謝ってほしいっていうのは。だけどね、親も一定の年取っちゃったらね、年寄りいじめになっちゃうんですよ。でね、受けてきた教育も違えば時代も違う、そんな中で、子どもに謝るなんていうことが辞書として入っていかない世代の人にそればっかり要求するのも酷だなっていうのもあって。 
             
            だから、私の方であきらめるっていうよりは、もう、ああ、そんなもんかっていう感じでね。何か、とってもきつい言い方ですけど、親子だから絶対なんて全然思わないし、本当にちょっとこう、人生の中ですれ違ったっていうぐらいにとらえたらいいのかなって、親と別れるときはそう思いましたね。 | 
        
         
          | 箱 崎: | 
          ああ、そうですね。さっき、息子さんが自立していくときに気づいたっていうのは、息子さんが自立していくとき、青木さんはどんな気持ちだったんですか? 何か、寂しいっていうような・・・。 | 
        
         
          | 青 木: | 
          寂しいっていうよりね、何か、すごく自分に対する答えがこれだったのかっていうような感覚でした。ここは大きな間違いなんですよ。多くの親が陥るところですけれども、子どもを育てながら自分を見てるんですね。だから、一番端的なのは、子どもが自分のパートナーを選んでいくときに、何でこの人なのっていうね。もっとはっきり言っちゃうと、私が望んでいたお嫁さんじゃないわけですよ、タイプがね。実際つき合ってみれば違うんだけど、見た目、タイプが全然違うんですよ。そうするとね、私、この人から裏切られたのかしらとかね、そんな理不尽な感情がわいてくるんですよ。 
             
            だから、母親の気持ちっていうのも、一瞬ですけど、そのときに分かった気がしました。でも、その自分の本当に理不尽な、理論的でも何でもない感情っていうのがあるんだなってことを知っただけでもすごくよかったし、そのときに私の母が私にどんな思いがあったか、その一端も分かりました。だから、逆に言うと、そんなに一致するわけがないんですよ、親子って。 |