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第四回目のテーマは、「エモーショナル・リテラシー」
薬物依存症の回復者で治療共同体のアミティの創設者のナヤ・ア−ビターさんとの対話です。
   
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続き2・・・

箱 崎 : 被害体験が深刻すぎて、成長をすることを拒んでいるような気がします。
ナ ヤ : 木の年輪を思い浮かべてもらえればいいと思います。人間は、本来大きく成長していくわけだけれど、すごい傷、たとえば嵐が来て雷が落ちたとしますよね。そうすると、そこで成長が止まってしまう。深刻な傷のために。

私の場合は16歳のときにレイプに遭いました。今はこのコップのなかに「水が入っているでしょ」と言うのと同じレベルでその体験について話せます。感情的に取り乱して話さなくても、落ち着いて自分の被害体験を語れるようになりました。でもそれは1回、話しただけでなく、何回も、何回もいろんな場でいろんな人に語ってきたからです。

『ライファーズ』に出たレイエスもそうです。レイエスも性虐待を受けたという話を、最初から話せたわけでは全くありません。レイエスは話せるようになる前に、まず、書きました。彼の場合は、まず「書く」ということから始まって、時間がかかって、いろんな場を踏んで自分の体験を語れるようになったのです。
 
『ライファーズ』に出てくるジミ−キラーも、8、9歳のころに、実の親だと思っていたのに、自分は養子だったと聞かされてショックだった、と言っていました。最初私が彼に会ったときは、養子だったということさえ全く話さなかったのです。時間がかかってようやくそのことを話せるようになったのです。映画でもみんな自分の体験を動揺して話すのではなくて、理路整然と話せるようになっていることがわかると思います。

それは年輪のようなものです。大きく成長した木を割ってみたら、嵐が来て雷が落ちたところに、傷がグサっとある。でもその周りに年輪がどんどん増して木が大きくなっていく。でもその傷はなくなってはいない。確かにそこに傷としては残っています。
箱 崎 : 木の年輪が激しい落雷によって傷ができてもストップせず、それを乗り越えて成長するにはどうすればいいのですか?
ナ ヤ : 言い換えると、人間というのは、一人ではなく、お互いを必要としあっているということかも知れません。人は成長するためには、お互いが影響しあって、人間同士が作用しあって大きくなれるのではないかと思います。 
 
たとえば虐待されたとか、いろんな被害体験を持っている子どもに、「どうだった?」と聴いたときに、多くの子どもが「誰も聴いてくれなかった」とか、「誰もわかっちゃくれない」「誰も耳を貸してくれない」という表現をするでしょ。それはすごく象徴的なことだと思います。すごくシンプルなことで、“話を聴いてくれる”という人間が必要なのではないかと思います。
箱 崎 : どこまで真剣に目の前の子どもと向き合い、心の叫びを聴いて受けとめられるかですね。
ナ ヤ: アリスミラーも“助ける証人”という言葉を使っていますが、それはとても基本的なことです。刑務所に50年いなくても、レイプされたり、凄まじい目に遭っていなくても、一人の人間として、目の前に向き合った人に耳を傾ける、聴く、お互いに聴きあう、ということはできます。
シンポジウムで質問に答える坂上さんとナヤさん
(2004年9月)

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