子ども達から、両親への感謝の気持ちを教わりました (2)
・・続き2 元児童養護施設職員、里親
長浜 清江
●両親への不満から感謝へ
 「厳しかった父。父は私が嫌いだったのかな。いや、写真で私の誕生日を祝う父は、にこやかで本当に嬉しそう。父は、愛情表現が下手だったのかもしれない。多くの人が、何の勉強もしないまま親になるもの。仕方がない。」そんな自分との対話が続き、最後は42年という短い生涯を終えた父に感謝の思いが込み上げてきました。
私は中学生の時に、人間関係で悩んだ時期がありました。母には心配をかけられないので相談をしないまま、悶々としていました。でも全くわかってくれないことで、大きな悲しみとして残っていました。「大事なことは母には何も相談しない」と固く心を閉じていました。「3人の子を抱えて仕事を切り盛りして忙しかったから」と頭で理解できても、心では理解ができなかったのですね。

 母への悲しみが癒えないまま、子ども達と関わっていた時に事件が起きました。小学校高学年の男の子達が10名ほど集団で夜中の公園へサッカーをしに行ってしまったのです。制止も聞かずにやりたい放題を通そうとする子たち。最終的には男性職員に叱られ帰ってきました。子ども達を集めて男性職員が話をしている横で、私はイライラしていました。当時、非行で警察にお世話になるほど手数がかかっていた担当児童の中学生の子が心配で、頭がいっぱいの私でした。この日も、勤務を終えてから駅まで探しに行こうと思っていました。

「私が中学生の子のことで心配をしているところに、こんな騒ぎを起こすなんて!」「でも、この子達がこういった行動を起こすのは、何か訴えたいことがあったのかな、注目して欲しかったのかな・・・。ということは、子ども達のことを見ているようで、しっかり見ていないことを、子ども達は教えてくれたのかもしれない。それに気づけなかったから今回のような事を行動として出したのかもしれない・・・」と様々な事が頭の中を駆け巡っていました。

 その時ふと「あ!あの時の母の状況と一緒」となぜか母を思い出しました。母としては、しっかり見ているつもりでも、沢山の事を一人で抱えて、気づける余裕がなかったのだろうと、自分の状況と重なったのです。心から理解ができ、母を許せた瞬間でした。問題を起こしてくれた子たちに、感謝の気持ちが湧いてきました。

それから、担当だった3兄弟のお母さんが再婚されることになり、引き取りになったケースがありました。「もし自分の両親に結婚を反対され、たとえ勘当されたとしても、君たち親子を夫として、子どもたちの父として守っていくからね」そういって結婚の挨拶に行かれたそうです。感動して涙が出てしまったのですが、ふと、私の2番目の父と一緒だと気づいたのです。血の繋がらない3人の子の父親になってくれたことは、本当に勇気のいることであり、大変な思いがあったことでしょう。2番目の父も病気で亡くなり、墓前にて感謝の思いを伝えてきました。
私は、子ども達から親への感謝の思いを、沢山沢山、気づかせてもらいました。(子ども時代の私:了)
(続き・長浜さんの虐待防止の情報へ→

1   |   2  |  3  |  4
    ←戻る 次へ→|上へ
 
COPYRIGHT(C)2006 ORANGE RIBBON-NET & THE ANNE FUNDS PROJECT ALL RIGHTS RESERVED.