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・・続き2
 それから8年くらいの年月がたつまで、わたしは自分がちいさいときに起こったたくさんの悪いことを心の中に封じ込めて生きた。気がつくと、わたしの気持ちを癒してくれることは次第に消えて無くなり、ふつうの子どもが見たり体験したりすべきでないことがわたしを取り巻いていた。わたしはその時まだ、“お母さん”と住んでいたけど、その“お母さん”をチャイルド・アビュースの加害者として訴えた。ノートのページの裏表にわたしは「死にたい」と書いていた。そして、セラピーが始まった。

 2年ぐらいして、わたしは自分の気持ちを書き表すようになっていた。中学1年生ごろ、わたしは自分の気持ちをフィクションのように書き始めた。自分の軌跡をひとつの本の下書きにしてまとめようとすると、過去のありとあらゆることが舞い戻ってきた。 中学1年のサマー・キャンプで、「家に帰ったら、日曜日になる前に、イエスを自分の心の中に受け入れなさい」と言われた。わたしは、イエスを受け入れる代わりに、「自殺したい」と叫んだ。わたしに起きたすべてのことのが、わたしの神を信じる力を奪って行った・・・

 わたしの“家族”はわたしを信用するわけが無かった。それどころか、わたしを13歳半で家から追放した。わたしは他の里親の家に移されたけれど、そこも長続きせず、18歳でシステムを出る前の数年をグループ施設で生活した。自殺未遂で11回入院した。拒食症と自傷行為。それでもわたしは高校を卒業し、わたしを生んだ母親に再会し、今は、ノーマルな生活を送っている。でも、ノーマルな生活って、いったい何? わたしがいったいどこから来たのか。そして、わたしがいったい誰で、だれにこれからなりたいのか・・・それをこれからみんなに伝えようと思う。
<続く>


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