綿引美香(Mika Watabiki)
『1966年、東京都生まれ。日本大学大学院芸術学研究科修士課程修了後、渡米。 レズリー大学大学院表現療法学部及びメンタルヘルスカウンセリング修士課程修了。 ボストン近郊にて7年間、外来診療所及び市民病院の精神科にてセラピストとして勤務。 レズリー大学大学院表現療法学部博士課程を経て、現在、表現アートセラピー研究所のスタッフとして個人セッションなどを受け持つ。また、都内の企業向けのカウンセリング、ハートコンシェルジェでのメンタルヘルスカウンセリング及び、表現アートセラピーにも従事。昭和女子大学生活心理学研究所・特別研究員、アートセラピー総合企画研究所絵画造形療法講師、ヨーロッパ大学院表現アーツセラピーセラピー・コンサルティング・教育学部博士課程に在籍し、日本における表現アートセラピーの適応性を研究中。)』
 
  | →第1回 表現アートセラピーとは何か | →第2回 表現アートセラピーの魅力と効果 | →第4回 表現アートセラピーのグループと未来の可能性|  
Jan-27-2008 update  
  今回は私の実際の経験からどのように表現アートセラピーが臨床の現場でおこなわれているかご紹介したいと思います。ここではおもに、私のアメリカでの臨床経験をお話したいと思います。
私はボストンに滞在中、郊外のメンタルクリニックと病院の精神科で表現アートセラピーをおこないました。年齢は5歳から上は65歳までと幅広く、人種も様々でした。
  しかし、あえていうならば、精神障害があり経済的には中流以下に属し格差社会の中でも底辺にいる人たちが多かったように思います。そのような決して楽とはいえない状況を持ちつつも、表現アートセラピーにひとつの希望を見出した人々が私のクライアントにはいました。
表現の必要性
  ビルはイタリア系移民の大家族の末っ子として生まれた30歳代の男性でした。人柄もよく家族を大切にする優しい男性でしたが、10年来の慢性的なうつ病と社会性不安障害を患い、正社員として働きにでることができないのが悩みでした。彼は自分の病気を改善したいというモチベーションが高く、投薬もまじめに続けていました。

  しかし、どうしても症状を完治することは難しかったのです。「治るならどんなこともやってみたい」。そんな彼の意思をくみ、私は表現アートセラピーを治療に取り入れることを提案しました。というのも、彼は昔からギターに傾倒していてすばらしい演奏技術をもっていたからです。彼は社会性不安障害であるために家からでることは極力避けていました。そのためおもに、私が彼と彼の家族が住む家を訪問してセッションはおこなわれました(これをコミュニティーリーチと呼びます)。

  家の庭で彼には好きなように演奏をしてもらいました。時には私も一緒に参加し、共に歌いました。彼の表情はいつも自分の問題点を話す時とは明らかに違い、活き活きとしていました。彼の放つエネルギーは自信さえ感じられました。私は彼に演奏する時の楽しさやなんともいえないわくわくした感覚を覚えておくように促しました。それこそが彼の中に起きてしまう不安や思い煩いに対抗できる彼の原動力になるからです。

  ある時いつものように彼の家に行くと、彼は料理をしていました。「これも表現療法だよ。料理をしている時、自分が活き活きしているのがわかるんだ」。彼は快・喜の感覚を通して本来自分の世界には大きな広がりや可能性があるのだと再認識し、好きなことをやろうというモチベーションが高まったようでした。そして彼は再び正社員の採用面接を受けることを決断したのです。

  ビルのように一つの問題を解決しようと焦れば焦るほど空回りしてしまい、迷路から抜け出られない場合があります。そんな時、一旦問題を手放してアートの世界で遊んでみてから再び現実の問題に適応していくという方法を表現アートセラピーではおこないます。これは楽しいことをおこなったり、リラックスすることによって活力を蘇らせることや頭を柔らかくさせ問題解決に必要な創造力やイマジネーションを高めることを目的としているのです。

 ダニエルは11歳の男の子で、母親と3つ年下の弟、1歳の妹と4人で暮らしていました。彼はもう4年も前からPTSD、躁鬱病、ADHD(多動児)などと診断され投薬治療をしてきました。彼が表現アートセラピーを受けることになったのは、彼が自分のこととなると極端に話すことを嫌うからでした。多くのトラウマを持った子どもは自分のことや過去の経験などを話すことを嫌いますが、ダニエルは特にひどくカウンセラーをいつも追い返してしまうくらいひどくカウンセリングで話すことを嫌いました。

  そこで、私ははじめからあれこれと話すことを彼には求めず、まずはアートを通して彼と仲良くなることに決めました。彼もまた絵を描くことが大好きな少年で、暇さえあれば自分の想像のロボットや動物などたくさんの絵を描いていました。私は彼に一緒に絵を描こうと促し、彼とのセッションのほとんどを創作時間に費やしました。そのうちに彼が日本のアニメーションが大好きなこと、さらに折り紙や習字などに興味をもっていることがわかりました。彼にとって見たこともない日本の折り紙や字を覚えることは自分への自信になったようです。

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