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・・・続き2
  ダニエルは学校では特殊学級で勉強し、病院への入退院を繰り返して、いじめの対象にもなり、家では母親は幼い妹の世話に精一杯で、セルフエスティームがとても低かったように思います。私は彼に自分の感性を信じてそれを伸ばしていくことを励ましました。いつのまにか彼の学校での成績も伸び始め、彼は授業でサクソフォーンを習い、作曲をしたいと希望を持ち始めました。

  ところが、ある日彼は学校でひどくいじめられ、家に帰って怒りを幼い妹にぶつけようとしました。母親は彼を叱り、彼は部屋に引きこもってしまいました。私は母親に呼びだされて彼の部屋の前に行くと、「来るな!」と叫び声が聞こえました。それでも無理やりに入ると彼は毛布を頭からかぶり絵を描いていました。私は彼のそばに行き、一緒に黙々と絵を描き始めました。長い沈黙の時間が訪れました。するとダニエルはぽつりと私に言いました。「こうしていると一番落ち着くんだ」。

  そこで私は彼に少しずつゆっくりと、なぜ心が落ち着くのか説明をした上で、自分の気持ちが抑えきれなくなったら絵を描くことによって心を整理するようにということを伝えました。
ダニエルにとってアートで表現をすることは、彼の感受性豊かな思いを表すひとつの大切なツールであり、自分のバランスを保つスキルであったのです。さらに、アートは心の癒しのためのツールというだけではなく、教育という部分でも効果を表します。

  実際このダニエルも表現アートセラピーを受けることにより学校生活の質は向上していきました。表現アートセラピーの中で子どもの創造性の発達を促すことで子どもの学習への取り組み方は変化をとげ、相乗効果として心豊かに学ぶ姿勢が養われてくるのです。
自分への気づきを深める
  バーバラは糖尿病、高血圧症などを患い足も不自由なこともあってほとんど外出はしない50代の女性でした。トラウマのせいで眠っていてもうなされることが多く、睡眠障害に陥っていました。最初の数回のセッションでは彼女とよく話をして、お互いの人となりを知り信頼関係を深めていきました。そして彼女の睡眠障害の改善のためにリラクゼーションとイメージ誘導法をおこない、トラウマの軽減のために表現アートセラピーを勧めました。

  それは「ブリッジ」(橋の上にいるのが現在の自分で向こう岸が未来で後ろが過去という設定で描画をおこなう)というテーマで絵を描いてもらったことがきっかけに起こった変化でした。こちらの意図とは別に彼女は自分の人生の転機として橋を描き始めました。絵には、若き日のバーバラと彼女の元夫がオープンカーに乗り橋を渡っている様子が描かれていました。彼女は涙ながらにこの絵の説明をしてくれました。「あの日、夫と車に乗ってドライブをしていてそれで事故にあったの。顔にも体にも重傷を負って。あの日から自分の人生が変わってしまった」。それはまさに彼女のトラウマの絵でした。

  この絵を描いたことで再度トラウマの傷口を開いてしまうのではないか、と心配になりましたが、バーバラはこの絵を描くことでカタルシス効果(浄化作用)を得られたようでした。さらに、今まで意識していなかった点にも気がつき始めたのです。絵を描いて以来、バーバラは積極的に創作活動をしたいと言い始めました。セッションの合間に粘土で器や灰皿など作ったり、自らも画材を購入し絵を描き始めました。バーバラは私にこう語りました。「昔病院に入った時、グループでアートセラピーをやらされたの。その時は子どもぽっいし、馬鹿にしてたわ。でも、思い出したの。私の若い頃の夢は洋服のデザイナーになることだったって。カラフルな色が好きなのよね」

  今までのバーバラは家にいてもただじっとテレビを見て時間を費やすばかりでした。それが創作活動を始めた彼女は明らかに以前よりも表情が明るくポジティブな面が多く見られるようになりました。また、改めて彼女が30年前に生き別れた実の息子を愛していたか思い出しました。今までは辛くて思い出すのを拒否していたのですが、消しきれない愛情を確認した彼女は息子に再会することを強く希望に持つようになりました。偶然にもそう考え始めた直後、その息子から一本の電話をもらい実際に再会することになったのです。

  バーバラのようにトラウマをもったクライアントはアートによってその思い出や感情を表現することにより、カタルシス効果を得たりします。そしてある程度の感情の浄化が終わると今度はアートによって視覚化された経験を客観的にみることが起こるのです。さらには今まで硬く心を閉ざすことによって抑制されていた思いや感覚なども、表現をすることにより解放されます。このような効果は表現アートセラピーがイマジネーションに深く関連しているから起こりうるものです。

  イマジネーション作用では事実を自分が解釈しやすいようにあるいは受けとめやすいように多少アレンジが加えられます。そのため思い出すことによってリトラウマタイズ(再トラウマ化)されることが少なく、心を癒していくことが可能になるのです。また、創作活動によるイマジネーションは普段我々が意識していない無意識の世界の扉を開けてくれるので、自分への意外な発見や気づきを深めてくれることがあるのです。
   
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