汚れちまった悲しみに    (続き2)
臨床心理士  
奥西 久美子  
 考えてみると、私はいつもこの「自分はちっぽけな存在である」という自己評価と格闘していたような気がします。私は3人兄弟の末っ子ですぐ上の姉が9歳年上ですから、子どものころには物理的にもまさに「ちっぽけな存在」であったわけですが、私の中には「本当は自分はちっぽけな存在なんかじゃないのかもしれない」という自分自身に対する漠然とした期待感もあったのです。

 ただ現実の自分は、父と姉の絶えない喧嘩を止めることもできず、自分の部屋で耳を塞いで嵐が過ぎ去るのをじっと待っていたのであり、気分屋で攻撃的な父を前にすると頭が真っ白になってしまい、なんでもないことがらすら言葉にすることができなかったのでした。自分がちっぽけではないことを証明しようといろいろ試みるのですが、私のすることはいつもずれていて、結果的には何も満足にできないことを証明するだけでした。

 母にも兄姉にも、自分の本当の気持ちを話すことはあまりなかったように思います。それは、自分の素直な感情を表現することをとても恥ずかしいことのように感じていたからですが(今でもそうです)、実は自分が本当は困っているのだということに気づいていなかったところもあったと思います。今では、そうやって自分自身の混乱にフタをすることが、日常生活を滞りなく続けるための工夫であったろうと考えることもできますが、当時は家族から認められる存在になりたくて、ただ右往左往していただけでした。

 たぶんそういう空回りで、自分が抱える問題を先送りにしてしまったのでしょう。結果的にはうまく大人になることができず、もがきにもがいた果てに心理カウンセラーをやることになってしまいました。
 10代のあのころ、誰かが私の言葉にできない感情や混乱を受けとめてくれていたら、私は自分の悲しみや怒りをそのままの感情として素直に受け入れられるようになっていたかもしれない、と思うことがあります。心理学を志したときにはあまり目的がはっきりしていませんでしたが、私は自分でその力を手に入れるために、心理学を学ぶことにしたのだろうと今は思っています。

 心理カウンセラーとして「話を聴く」という作業の本質は、語られる言葉に耳を傾けることではなく、まだ語られていない言葉を見つけていくことにあります。それこそが、10代の私が切実に求めていたことでした。私は自分の仕事を通して、今そのやり直しをしているような気がしています。
 今私は自分で自分の感情を理解し問題を整理する力をある程度手に入れましたが、私にとって自分の感情は仕事の道具ですから、子どものころのピュアな感情も今ではすっかり汚れてしまったような気がしています。それは仕事をしていく上で必要なことではありますが、少し寂しいことでもあります。
(了)




虐待防止に
つながる情報
お薦めの本

「お薦めの2冊、『リンダの祈り』と『バッド・マザーの神話』」
(1) 『リンダの祈り―性虐待というトラウマからあなたを救うために』 
リンダ・ハリディ=サムナー著 箱崎幸恵 構成・監訳  集英社  
 ※この本は、被虐待者の心を理解する上でとても参考になります。また、援助する側への示唆に富んでおり援助者にとってたいへん有難い内容です。巻末に相談機関のリスト等の掲載もあり、情報源としてもたいへん有効です。
(2) 『バッド・マザーの神話』 
Jane Swigart著 斎藤学 監訳 橘由子、青島淳子 訳  誠信書房
   ※この本は、児童虐待を母親の側から理解するのにたいへん役に立ちます。


セルフケア
家族そろって食事をすることです。家族に話を聞いてもらえるとほっとします。家族のそれぞれが自分の話をきちんと聞いてもらえることを大切にしたいと思っています。
 
☆プロフィール
奥西 久美子(おくにし くみこ)
臨床心理士。メンタルサポート研究所・円 心理カウンセラー。公立中学校スクールカウンセラー。
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