小売の原点は、9歳のときのパンの訪販に
NPO法人女子教育奨励会(JKSK)理事長
国際キワニスクラブ日本地区YCPO委員長
木全(きまた)ミツ
 9歳のときに、日本は戦争に負けて、父はシベリアに抑留されてしまい、連絡は勿論のこと、生きているのか、死んでいるのか、日本に帰ってきてくれるのか、くれないのか誰にも全くわからない状況でした。母は6人の子どもをつれて満州から日本に引き揚げてきました。

 配給になるかぼちゃ一切れの夕飯をお皿に並べながら「これを食べたら、静かにおやすみなさい。動くとおなかが空きますからね」というのが、母に出来る最大のことでした。将来は陸軍大将の妻になる・・・という夢をもって結婚し、産めよ増やせよという国の政策もあり大勢の子どもの母になったのに、自分とは関係の無いところで、人生のはしごをはずされ、路頭に迷う母、「こんな哀れな女にはなりたくない!」9歳のときの決意でした。

 しかし、目の前の哀れな母の力になりたい、でも、中学までの義務教育が終わらなければ働けない、収入を得ることが出来ない、何とか速く卒業が出来ないものか・・・と悩みました。「お嬢さん今でも収入を得ることはできますよ」と時々尋ねてくれる、かつての父の部下の言葉にとびつき、毎週、日曜日に、100個のアジパンを9円で仕入れ、12円で、各家庭を訪問して売ることにしました。「ごめん下さい、パンを買って下さい」「いくらなの」「12円です」「高いわね、10円にまけなさい」「10円にまけたら、私の儲けがなくなってしまいます、それでは、さようなら」と・・・・厳しい現実の中で、でも、喜ぶ母の顔が見たい・・・という思いから、一生懸命に売り歩きました。

後に、The Body Shop, Japan(英国生まれのお化粧会社)の社長を10年務めましたが、小売の原点は、この9歳のときのパンの訪販にあったのかもしれませんね。




虐待防止に
つながる情報

誰にでもできる「子ども虐待防止」活動


  数ヶ月前に、松山で講演を頼まれてかけました。会場に集った200人のお客様にお話した最後の部分で、私達国際キワニスクラブのメンバーとして世界の仲間達と共に行っている「YCPO―Young Children Priority One―」の活動として、現在、日本における深刻な問題、子どもの虐待防止活動をしていることもご紹介しました。

  
講演が終わって、2人の小学生のお嬢様と講演を聞きに来ておられた若いお母さまが、「実は、私は子どものころに両親から虐待を受け苦しんだんですが、今、いけないけないと自分に言い聞かせながらも、この子たちに、無意識のうちに同じ虐待を繰り返してしまっているのです。頭ではわかっているのですが・・・」と話を始められました。「貴女が同じようにあの可愛らしいお嬢様方を虐待すれば、彼女達は同じように苦しみ、そして、また、お子様を虐待するようになる、貴女のお孫ちゃまたちを・・・、この連鎖をどこかできらなければならないとお思いにならない?」「思います、でも・・・」「この連鎖を切れる力があるのは、この世の中で、貴女だけ、もし、それをやり遂げることが出来たら、貴女は偉大な存在になる・・」とそこまで話したところで、彼女はワッと泣き出し、私の胸に飛び込んできて「生まれて初めて自分の存在を認めてもらった・・・」と嗚咽し、しばらく私の胸から離れませんでした。そして、「約束します」と握手をして別れました。

 子どもの虐待問題など、出来たら関わりたくない・・・と心のどこかで思っている多くの大人達、キワニスクラブの仲間達にお願いしていることは、皆さん、高い教育を受け、
組織の幹部として勤め上げ、人生経験は豊富であるし、教養もあり、人間的な寛容さも備えた方々であり、みなさんに出来ることの一つは、子どもの虐待問題で悩みを持っている人の話にじっと耳を傾け、そして、ご自分の人生体験の中からご自分らしい「一言」を・・・それだけでもどれだけ大きな力、救いになることか・・・と。この問題は、社会を構成する全ての人々が、一緒になって取り組んでいかねばならない問題であると思います。
☆プロフィール
木全 ミツ(きまた みつ)
東大医学部卒、労働省海外協力課長、大臣官房審議官、外務省・国連日本政府代表部公使(NY)、The Body Shop, Japan代表取締役社長、を経て、現在NPO法人女子教育奨励会(JKSK)理事長、国際キワニスクラブ日本地区YCPO委員長として「日本における子どもの虐待防止活動」を推進中。
  1946年 少女時代
    ←戻る 上へ↑
 
COPYRIGHT(C)2006 ORANGE RIBBON-NET & THE ANNE FUNDS PROJECT ALL RIGHTS RESERVED.