東京の三鷹駅から歩いてすぐのところに、絵本屋「プーの森」があります。店長の野村羊子さんは、絵本を通して、お母さんや子どもたちの心に寄り添ってきました。野村さんにお願いして、大人と子どもに向けて、毎月テーマにあった、お薦めの絵本や書籍を紹介してもらうことになりました。どれも手にとってみたくなります。一緒に絵本の扉を開けてみませんか?
今月のテーマ
「 失う」
February-2008
  人は、いつもなにかしらを失っています。ものを、時を、エネルギーを、そして人を。ささいなものから大事なものまで、ありとあらゆるものを。
 「失う」こと、それはとってもつらいことです。小さな子がお気に入りのぬいぐるみなどをなくしたときの大騒ぎは、それをわかりやすく教えてくれます。普段はぞんざいに扱っているようですが、ないとなると泣き出します。他のものでは決して納得しません。どんなものでもそれぞれは固有の存在であり、他にはかえがたいものなのです。
 「喪失」を体験しない人はありません。失って初めてその存在の大きさを感じることがしばしばあります。そのつらい体験をどう生きるか、どう生きのびるか。絵本は、様々な喪失体験を味わわせてくれます。それは予行演習であり、おさらいであり、追体験でもあります。慰め合い、あるいは支え合う。つらい体験を生き抜く力になっていけばいいなと思っています。

「パパはジョニーっていうんだ」
作/ボー・R・ホルムベイ
絵/エヴァ・アリクソン 訳/ひしきあきらこ 
BL出版

 ティムは一人で、パパがくるのを待っています。久しぶりに会うパパと、今日はずっと一緒にいられる!ティムは会う人ごとにつげます。「ぼくのパパだよ。ジョニーっていうんだ」。パパと一緒にいられるうれしさ。パパを紹介できる誇らしさが感じられます。周囲の大人たちも、頷いて受けとめます。一日過ごして、いよいよお別れというとき、パパはぼくを抱き上げ、まわりの乗客に向かって言います。「この子はぼくの息子です!ティムっていうんです」。ぼくの誇らしげな顔。ぼくはパパとの生活を失ったけれど、パパそのものは失ってはいないのです。
 
ページをめくったラストは、迎えに来たママが、優しくぼくの肩を抱くシーン。こんなに息子を思いやれる人たちが、一緒にいられないのはなぜなんだろう。でもママがパパと顔を合わせないようにしていることからも、二人の深い溝が感じられます。彼らもまた失ったつらさ、悲しみを耐えているのでしょう。グレーを基調としたイラストですが、決して暗い絵本ではありません。ほのかな明るさを感じ取ってほしいと思います。

「ずーっと ずっと だいすきだよ」
ハンス・ウィルヘルム 絵と文 
久山太市 やく 
評論社 

  ぼくと犬のエルフィーは一緒に育った。ぼくの背が伸びる頃、エルフィーは年をとった。ぼくは毎晩寝る前にエルフィーに言った。「ずーっと大好きだよ」。ある朝、エルフィーは死んでいた。たまらなく悲しかったけど、いくらか楽だった。毎晩エルフィーに「大好きだよ」って言っていたから。
 互いを思いやる気持ちを共有し、それを言葉で確認していた。その確かな手応えが、「喪失」を乗りこえる力になっていることを教えてくれる絵本です。

「ママが いっちゃった・・・」
ルネ・ギシュー=文 オリヴィエ・タレック=絵石津ちひろ=訳 あすなろ書房 

  ママがいっちゃった。くまの子が語ります。天国に行っちゃったんだ。ママのいない寒い部屋で、じっと動かないパパにくっついて、このまま氷の彫刻になっちゃうのかな。身近な人を失ったつらさを、端的な言葉とイラストで表現しています。
 そこへ嵐が来て家ごと吹き飛ばされてしまいました。倒れているクマの子にパパが言いました。「家を建て直そう。ママが見守っていていれるよ」。再生に向けて歩き出す二人。余韻に浸っていたい作品です。

「ハンナのひみつの庭」
アネミー&マルフリート・ヘイマンス文絵 
野坂悦子訳 岩波書店 

  こちらもママの死をのりこえ家族が再生する話です。ハンナは、ママが死んだ後、一生懸命ママのかわりにパパや弟の面倒を見ていますが、パパは仕事に没頭してちっとも気がつきません。ハンナは壁で囲われたママの庭に家出することにしました。

 コマ割の絵と見開き一杯のカラーの絵とが、交互に描かれます。ハンナは弟に手紙を書いて、ママの部屋からいろいろなものを運ばせ、庭で暮らし始めます。弟は物語の中のお姫さまが壁の向こうにいると思いこみます。そしてパパは・・・。大人が自分を取り戻し、子どもに目を向ける余裕を持つ。それこそが子どもにとっての癒しにつながるのだと言うことがよくわかるお話です。文章量が多いので、しっかりと物語を読んだ気になります。
 
「ぶたばあちゃん」
マーガレット・ワイルド文 
ロン・ブルックス絵 今村葦子訳 
あすなろ書房 

  ぶたばあちゃんと孫娘は、すっと一緒に何でも分け合って暮らしてきました。ある日、ぶたばあちゃんは1日中寝ていました。翌日、起きてきたぶたばあちゃんは、「支度をする」と言いました。本を返し、支払いを済ませ、残りのお金を孫娘に渡しました。それから二人は町をまわってすべてを味わいました。

 互いにいたわり合いながら別れをする二人。ラストの一人で池の畔にたたずむ孫娘の姿の清々しさが心に残ります。「よく死ぬことは、よく生きること」というキューブラー・ロスの言葉をしみじみと思い出す絵本です。
「アンジュール ある犬の物語」
ガブリエル・バンサン 
BL出版

  車から放り出された1匹の犬。飼い主を追って走り出しますが、追いつけません。道を、浜辺を、街をさすらって歩く犬の姿。淋しさが胸を突きます。文字のない鉛筆デッサンだけの絵本ですが、物語を雄弁に語っています。捨てられたつらさ、孤独、あきらめ。笑顔で手をさしのべてきた子どもにも、簡単には飛びつけない。最後に犬が寄り添ったときの子どもの喜び。ほっと安堵のため息が出ます。とにかく、手にとって眺めて欲しい絵本です。
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